「今日から君はアジサイ」:TikTokで広がる、推しキャラを花の名前で呼ぶファンダム文化
Photo: Margaret Gardiner, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons
きっかけは一つのファンアートだった
去年の秋、あるアメリカのファンアーティストが描いた一枚のイラストが、静かな火付け役になった。人気アニメのキャラクターを、あだ名ではなく「ハイドランジア(アジサイ)」という花の名前で呼ぶファンたちの様子をコミカライズしたものだ。イラストの中のキャラたちは、まるで本名を知られたかのように慌てふためく。
この投稿がTikTokでリミックスされ、やがて「推しキャラに花のあだ名をつけて呼ぶ」という遊び自体がトレンドに。ハッシュタグ #flowercodes には現在、数十万件の投稿が集まっている。
なぜ「花のあだ名」なのか
日本のアニメやマンガでは、キャラクターに花を重ねる表現が昔から定番だ。エンディング映像に咲くヒマワリ、キャラの名前に込められた花、公式グッズの花束イラスト。日本のファンにとって「このキャラ=この花」という対応は、半ば共通言語として機能してきた。
アメリカのファンダムは、その文化を逆輸入する形で受け取った。ロサンゼルス在住の大学生ファン、ケイシーさん(21)はこう語る。
「日本の公式設定で『このキャラの花はこれ』と決まっている場合もあるけど、うちのコミュニティではむしろ自分たちで花を“アサイン”するのが楽しい。キャラの性格、髪の色、名シーンまで、全部ヒントになる」
つまりこれは、日本由来の花言葉文化を素材にした、ファンダム発の集合創作なのだ。
花言葉の「ズレ」が生む創作
ここからが面白いところだ。日本の花言葉と、ヴィクトリア朝由来の西洋フラワーランゲージでは、同じ花でも意味が微妙に——時に正反対に——違う。
例えばアジサイ。日本では「移り気」「浮気」といったネガティブな意味で語られることも多いが、英語圏では「感謝」「心からの感情」を象徴する花として愛される。このズレに気づいたファンたちは、「じゃあこのキャラは日本解釈だと移り気だけど、西洋解釈だと誠実ってこと? 二面性あるじゃん!」と、キャラ分析の新しい切り口にしてしまった。
オースティンのフロリダ出身ファン、マリッサさん(19)はTikTokで「花言葉で推しを解説する」シリーズを投稿してフォロワーを増やしている。
「日本語の花言葉を調べるとき、Google翻訳と格闘するんだけど、その過程自体が楽しい。意味が曖昧だからこそ、解釈の余地が生まれて、ファン同士で議論が始まる。正解がない遊びって、実は珍しいんです」
ミームとしての進化形
#flowercodesタグを眺めていると、遊び方は実に多彩だ。
- 花束リクエスト:「推しに花を一輪だけ贈るとしたら何を?」というお題に、花言葉込みで答える定番フォーマット
- 花あだ名変換機:自分の推しリスト全員を花名で置き換え、「どの花が誰か分かる?」とフォロワーに出題するクイズ
- 逆花言葉:ネガティブな花言葉を持つ花をあえて推しに当てはめ、「その弱さも含めて推し」と語る深掘り投稿
特に最後の「逆花言葉」は、日本の「花言葉は縁起もの」という感覚とは真逆を行く発想で、日本のファンが見たら驚くかもしれない。欠点や闇を含めて愛でる、というアメリカのファンダムらしい肯定の文化が透けて見える。
花屋も巻き込む波紋
面白いのは、このミームが現実世界にも影を落とし始めたことだ。テキサス州の地元花屋では、「アニメのキャラみたいな花言葉カードを付けてほしい」という注文が増えたという。店主は当初困惑したそうだが、「若い客が花の意味を真剣に調べて買ってくれるなら歓迎」と、今では看板メニューにしているほど。
SNSのミームが、花を買うきっかけになっている。これは花業界にとってもファンダムにとっても、嬉しい循環だ。
翻訳されないものを翻訳する
インタビューの最後に、ケイシーさんがこんなことを言った。
「花言葉って、正確に翻訳できないものだと思う。だからこそ、ズレた部分を私たちが埋める作業が“ファン活動”になる。日本のアニメファンが作った花の文化を、アメリカの私たちが自分の言葉で咲かせ直している——それがこのミームの一番綺麗なところ」
言語の壁は、時に翻訳の終わらない遊びを生む。推しに花のあだ名をつけて呼ぶその行為は、太平洋の両側を行き来しながら、まだ咲き続ける花のようなミームだ。